実はこの土地は区画整理前には、敷地内に墓地を有した寺があった。
この土地を見た店舗経営者には気になることがあった。何だかの理由で立ち退かなかった墓が敷地の奥(道路側から見て)にいくつか残っていた。さすがにお墓の前に家を建てるのは憚る。なぜかというと、お墓に通じる道が無いので、お墓に行くためには敷地内を通らなければいけなくなるから。
なので、お墓が残っている区画だけを避けるようにして住宅兼店舗を建てた。商売をするには好立地だったこともあり商いは順調に行っていた。やがて周辺地域も区画整理が進んでいくにつれ、道路側から側溝に金属製の蓋を渡して墓まで歩いていけるような道ができた。しかもお墓の周りはブロック塀で区切っているので、一応区画としては分けられた形になった。でも既に住宅兼店舗は建ててしまったので、道路と墓の間の空き地はどうしようかと考えるうちに、家を建てて貸家にしようとなって建てられたのが「青い家」です。
家を建てて住人を募集すると、バス停が近くて、平成初期の頃ならまだ珍しい部類の3階建ての新築物件だったので、すぐに若い新婚夫婦が入居してきた。
店舗経営者も若い人が入居してくれた方が良いので喜んでいた。しばらくして入居してきた奥さんの妊娠がわかり来年の春に出産予定で、店舗経営者夫婦をはじめ近隣の住民も自分たちのことのように喜び、彼女のマタニティライフをサポートすることを約束した。
ところがしばらくして妊娠した奥さんの変わった行動を近隣住民が心配するようになった。
その変わった行動とは、朝、仕事に出かける旦那さんを送り出した後、奥さんもすぐに家を出て家の周辺を徘徊という言い方が合っている行動を炎天下だろうが雨が降ろうがほぼ毎日繰り返していたのである。平成初期のこの辺りには大型スーパーなどの集客施設はなかったので、その変わった行動が余計に目についた。
ある日、奥さんのことをよく知る近隣の住民が彼女が歩いているのを見つけ声をかけた。「あなたよくこの辺歩いてるわねぇ、どうして?」と聞いてみると、奥さんは「あのね、家にいたくないんです。」と答えた。
近隣の住民は「なにかあったの?」と問い返すと彼女は「家にいると、他に誰もいないはずなのに、人の声が聞こえてくるの。」と言う。
近隣の住民「声っていうのはどんな?」
彼女「旦那が朝出て行って、食器を洗っていると、居間から男の人と女の人の声が聞こえてくるの。おかしいなぁ、と思って居間を見に行くと誰もいない。『あれぇ?空耳だったのかな?』と思っていると、さっきまで自分が食器を洗っていた台所の方から声がするの。あと、一階で掃除機をかけていると、2階から声がするの。2階に行ってみると誰もいない。すると、今度は1階から声が聞こえてくるの。お風呂場に入っていると、脱衣場から声がして怖くて出れなくなったこともあった。こんなことがあったって旦那にも言ったんだけど信じてくれないからこの家からは離れられない(転居できない)。」と。
そこで彼女なりに考えだしたのが、『旦那が家を出ている間には家にいなければいい。』なぜなら、自分がいないところから声がするから、旦那が帰ってくればそれが少なくなるから。旦那が帰ってくるまでは自分一人で家にいない方が良い、と。
その話を聞いた近隣の住民は薄々気付いた。元々お寺でお墓があった場所を更地にして建てた家だから、そんなことがあるのかもしれないと。
そして冬のある日、その家の前にパトカーと救急車が停まっていた。何事かと野次馬的に集まっていた人に聞いてみると、奥さんが首を吊って死んでいた、と。お腹も大きくて臨月も近かったのに・・・。
旦那さんは意気消沈し、中の家財道具もほとんどそのままに、その家から出ていって空き家になった。自殺者が出た上に、お墓を更地にして建てられた家だという風評が流れて、なかなか借り手がつかないようになってしまった。
さて、自殺した彼女が言っていたように「誰もいないところから声がする家」に住む人がいなくなったら、どうなったと思います?
そう、家中からいろんな声がするようになったのです。その声は空き家の前を通る道路を歩いてる人にも聞こえるようになり、隣に住んでいるオーナーの家では一日中その空き家から声が聞こえるようになり、さすがに怖くなったのか、自分が住んでいた自宅兼店舗から他の場所に引っ越してしまった。
当然、空き家と自宅兼店舗は売りたくても売れない状態なので保有したまま、あえて他の場所の土地を借りてそこに移り住んだ。そしてこの空き家と自宅兼店舗が長い間放置されることになった。
しかし何時の頃からか、この「青い家」の前の大通りを通るタクシー運転手の間に妙な怪談が話題に上がるようになった。いわゆる「タクシー幽霊」の類である。
この空き家の前はT字路になっており、空き家の玄関を出て右側には信号が見える。タクシードライバーが語った体験談のあらすじはこうだ。
夜中に空車表示で営業運転している時、この大通りを走っていると、この信号が赤になったので信号の先頭で停車して青に変わるのを待っていると、この「青い家」の玄関から女性が出てきてこちらに向かって手を上げるのが見えた。
信号が青に変わると、玄関の前に車を付けてドアを開けて女性を乗せた。するとその女性はこう言った「市役所までお願いします。」とっくに市役所の業務時間は終了している時間なので運転手は「こんな夜中に市役所までですか?」と念を押して聞き返すと、「ええ、お腹の子供の出生届を出しに行くんです。」と言うので、『変な事言うなぁこの女』と思いながらも「市役所でいいんですね?」と改めて聞き返すと「はい。」と言うので、車を出すと、数百メートル先にある次の信号に着くまでにその女性は消えてしまう・・・。
このような体験がタクシードライバーの間で頻発し話が拡散したために、この大通りの、特に「青い家」の前のT字路にはタクシーは夜中になると近づかなくなった。