これは、数年前に実際にあった話だ。
大学時代の夏、実家に帰省した折、地元の友人・和也から肝試しに誘われた。俺の実家から車で一時間ほど山に入った先にある、矢板トンネルという場所だった。
「昔は電車が通ってたんだけど、廃線になってから心霊スポットになったんだ。今は封鎖されてて、誰も近づかないらしいぞ」
そう言って、和也は3人ほど地元の仲間を集め、夜の11時過ぎにトンネルへと向かった。
到着してみると、確かにトンネルは不自然な形で塞がれていた。奥はコンクリートで完全に閉じられているが、手前側はただの木の板。それも何枚か外れかけており、隙間から中が覗けるようになっていた。
「よし、ジャンケン負けたやつが一人で中を覗いてこい」
肝試しらしい展開、運悪く俺が負けてしまった。懐中電灯を持ち、恐る恐るトンネルの板の前に立つ。
木の板と板の間に、ちょうど人の顔が収まるくらいの隙間がある。俺はそこに目を近づけ、中を覗いた。
最初は何も見えなかった。真っ暗で、懐中電灯の光も板の隙間からでは届かない。ただ、奥に向かってトンネルが細く続いていることはわかった。
目が少しずつ暗さに慣れてくると、違和感があった。何か……明かりでもない、気配のようなものがこちらを見ている気がする。
瞬間、目の前がチカッと光った気がした。思わず身を引くと、背筋に冷たいものが走った。
いや、光ではない。誰かが、中からこっちを覗いていた。
痩せ型の男。表情は見えない。ただ、板の隙間越しに、俺の顔と完全に同じ高さで、じっと目を合わせていた。
あまりの恐怖に声も出ず、俺は後ずさってその場を離れた。
「どうだった? なんか見えたか?」
和也たちが笑いながら聞いてきたが、俺は答えられなかった。笑えなかった。
その夜、家に帰って風呂に入り、鏡を見ると、なぜか左肩に手の跡のような赤い痣がついていた。
さらに数日後。スマホのインカメラを使って自撮りをした時、ふと気づいた。俺の背後、部屋のドアの隙間に、男が立っているように見えた。
再び見直すと、もうそこには誰もいなかった。
あれ以来、あのトンネルには近づいていない。