長生炭鉱は1945年の坑内火災事故によって閉鎖されたことは有名だ。今では炭鉱の一部が残るのみでかつての賑わいを想像することは難しい。
ある夏の夜、僕と友人二人は長生炭鉱跡を訪れた。心霊スポットとしても有名で「坑道から今も助けを求める声が聞こえる」といった噂を聞いていた。興味本位で来たものの、実際に訪れてみると想像以上の不気味さに言葉を失った。
坑口跡の前には錆びた柵があり、その向こうには草に覆われた暗闇が広がっている。風もないのに周囲の木々がざわざわと揺れているように感じた。
「誰か、行ってみるか?」
友人の一人が冗談めかして言ったが誰も返事をしなかった。
その時――。
坑道の奥から「カン…カン…カン…」という規則的な音が聞こえてきた。
金属を何かで叩くような音。まるで作業中の鉱夫がツルハシで岩を砕いているような音だった。
「……こんな時間に?」
誰もが息を呑んだ。炭鉱はとうの昔に閉鎖されているはずだ。誰かが入り込んでいる可能性も考えたが、この時間に?何のために?
次の瞬間、僕は坑口の奥に白いヘルメットをかぶった人影を見た。
薄暗い坑道の中にぼんやりと浮かぶ白いヘルメット。しかしそれをかぶっているはずの顔が見えない。ヘルメットの下は黒い影のようになっていて、表情どころか人なのかどうかすら分からなかった。
「おい…あれ、見えてるか?」
友人に尋ねると彼らも固まったようにそれを見つめていた。
その時、ヘルメットの影がゆっくりとこちらに向かって歩き出した。
足音はしない。だが確実にこちらに近づいてくる。
恐怖で体が動かない。気づけば影はすぐ目の前まで来ていた。
そして――僕の耳元で、かすれた声が囁いた。
「おまえも、こっちに来るんだよな……?」
その瞬間、体が弾かれたように動き僕たちは一目散に逃げた。後ろを振り返る余裕はなかった。ただ耳の奥でまだあの「カン…カン…」という音が響いている気がした。