学生の頃の出来事です。
八木山橋は自殺の名所として有名な場所で普段は通るのを避けていました。
しかしその日はどうしても八木山橋を通らなければいけなくなりました。
時間も夜遅く躊躇しましたが、ササっと行って帰ってくれば大丈夫だと自分に言い聞かせ渋々でかけたことを覚えています。
八木山橋へ着くと思っていた通りというか、予想以上に雰囲気が異様でまるで別世界に迷い込んでしまったかのような錯覚さえ覚えました。
なるべく周りを見ないように下を向いて早歩きで進みました。
すると視界の左側になにか白いものが見える気がしました。
しかし八木山橋の歩道は狭いので歩道を歩いている私から見て左側は橋の外側になってしまうのです。
「何もいるはずがない。いるわけがない」
そう自分に言い聞かせながら歩くスピードを速めます。
だけど視界に左側には白いものが映り続けています。
同じスピードで進んでいる、というか私についてきているようでした。
そのとき興味からか、それとも恐怖のせいか、ほぼ無意識に私は左を向いてしまいました。
するとフェンスの向こう側に白い服の女性が立っていた(浮いていた?)のです。
女性は私のほうを見て手招きをしています。
こんないわくつきの場所でありえないものが見えてしまっている。
間違いなくあれは幽霊だし、きっと私を殺そうとしている。
私はパニックになっていました。
引き返したほうがいいのか、それともそのまま進んだほうがいいのか。
そんなことを考えながらも歩くのをやめません。
というか止まりませんでした。
頭では離れなきゃいけないと思っているのに体は進み続ける、いやそれどころか少しずつ女性のほうに近づいていました。
絶対にマズイ。
そう思っているのに体はフェンスのほうへと進み続ける。
もうダメだ、橋の下へと引きずりこまれるんだ。
そう思った瞬間、車のクラクションが聞こえハッとしました。
まるで夢から覚めたように視界がハッキリして体の感覚が戻ってきた気がしました。
女性の姿もどこにも見えません。
隣を見ると一台の車が止まっていて「大丈夫ですか?」と私に声をかけてきました。
運転手さんが言うには私は橋の外側を向いて立ち尽くしていたようです。
全く動かないので不審に思いクラクションを鳴らしたそうです。
自分ではずっと歩き続けていると思っていたのに一体いつから立ち止まっていたのでしょうか。
私は運転手さんにお礼を言って引き返すことにしました。
車も何台か通っていたのでさっきまでの恐怖心はありませんでした。
今になって考えると八木山橋を進んでいるときは車は一台も通っていなかったような気がします。
もしかすると八木山橋に入った瞬間から私の意識はおかしくなっていたのかもしれません。
いくら高いフェンスに囲まれていてもあのまま女性に近づいていたら危なかったと思います。
八木山橋はやっぱり普通の場所ではないのだと思います。